子どもとの心の距離は、大人の立ち位置でわかる
今日、子どもたちの通う小学校に母親ボランティア活動で
絵本の読み聞かせに行ってきました。
昇降口を入ってすぐ、娘が床に座り込んでいる姿を発見。
娘は、言葉の発達のみ、知的レベルが境界域です。
自分の思いを上手に言葉で表現することができず、
でも、出来ない自分を認めたくないというプライドもあり、
それを怒りや癇癪という形で表現します。
プライドと警戒心が強いので、
周りに助けを求めるということをしません。
「なんでこんなところにいるの?」
と声をかけると、
2mほど離れたところにいた補助の先生が
「今日はなんだか機嫌があまりよくないんです」とのこと。
私は娘の隣にしゃがみ、
「なんで怒ってるの?」と聞きました。
娘は、
「ランドセルに引っかかってる上履き入れが取れないんだもん」
と悔しそうな顔で答えました。
「取れないなら、先生に手伝ってって言えばいいじゃない。
ほら、メガネも汚れてる」と拭いてあげると、
補助の先生が同じく2mほど離れたところから
「ね、手伝ってって言ってくれればいいのに。
さっきメガネも投げちゃって」とのこと。
「メガネが壊れちゃったらさ、この間の部品交換したみたいに、またメガネ屋さんに行かなきゃいけなくなっちゃうよ」
と娘に渡すと、ちゃんと自分でメガネをかけました。
「できないなら、先生に手伝ってって言っていいんだからね?」
と再度促すと、
「自分でやるの」と言うので、
「じゃあ、怒らないでやらないと。怒っても出来ないでしょ?」
と言うと、娘は心の整理がついたのか、
自分で上履きを履いて、補助の先生とクラスの方へ向かっていきました。
補助の先生は、
「よかった、ママが来てくれて」と言いました。
**************
さて。
この事例の中で、色々問題点があったことにお気づきでしょうか?
①補助の先生の立ち位置
子どもが落ち着くまで、あえて距離をとる。それも手法です。
でも、子どもの心に寄り添うのであれば、
座り込んでいる子どもの隣に一緒に座って、同じ目の高さで話を聞くことです。
2mほど離れた位置から、
「ほら、○○ちゃん!怒っていてもしょうがないでしょ?」
と声をかけたところで、子どもは動きません。
『この人は私の思いを聞いてくれる』
そう確信を持てた時に、子どもはようやく心を開いて
自分の思いを話そうとするのです。
②「今日はなんだか機嫌が悪い」というレッテル
今日は、月曜日です。
週の始まりです。
1年生にとっては、知らない人たちが沢山いる
自分の慣れない世界にまた1週間飛び込まなければならない
そういう1日でもあります。
信用できる先生もまだいない。
警戒心が強いゆえに、孤立無援と思い込んでいる1年生に
「今日は機嫌が悪い」という思い込みのせいで
2mという距離が物語るように、関係の薄さを招いている。
「今日はなんだか機嫌が悪い」のではなく、
その心に寄り添い、
「どうしたの?」と傍に座ってささやく。
その優しさが、どれほど子どもの心に響くことか。
③メガネを投げた、その事実のみに目を向けること
自分の心に制御が利かず、メガネを投げたなら、
そのメガネを拾ってあげて、拭いてあげて、
・このメガネが壊れたらどうなるか
・自分にとってどんな不利益があるか
・大切にすることにどんな意味があるか
それを会話の中でさりげなく教えてあげて、
またメガネをかけようという気持ちになるよう導けばいいのです。
「あら!メガネも投げちゃって!大事にしないと」と返すだけでは、
心がささくれ立っている子どもは、もう一度かけようなんて思いません。
「自分でやるの」というプライドと決心の言葉が出てきて、
自分の意思で上履きを履いて中に戻って行ったのは、
『私が母親だから』ではありません。
子どもの心に寄り添う言葉を掛けたからです。
同じ『母親』でも、
子どもの心に寄り添う言葉が掛けることができなかったら、
子どもは動きません。
「ママが来てくれたから」動いたのではありません。
「自分の思いをわかってくれる人が来たから」動いたのです。
****************
『子どもの心に寄り添う保育アドバイザー』は、
幼稚園・保育園のみならず
小学校における子どもとの関わり方も支援します。
【ご相談はこちらから】
2026年05月18日 14:40
